Chapter01
ゴールは20年先の主力製品
OSGの創立は1938年。そこから74年を経た2012年の夏、一つの特命プロジェクトが結成された。当時を振り返り、プロジェクトの事務局を務めたデザインセンター開発グループの中嶋孝之は語る。
「その頃、タップ(ネジ穴を加工する工具)の主力製品は、発売から四半世紀の年月を経過していました。ならば、次の20年、会社を支えるタップを自分たちで開発しよう。そんな思いから、極秘裏に発生したプロジェクトでした」
招集されたのは、中嶋と同じデザインセンターの小出文也、木下翔二朗、第1製造部技術課の阿部基巳らの技術者と営業スタッフ数名のみ。新シリーズの発売予定は、創立75周年となる2013年の夏と決まった。残された時間は1年しかない。彼らが最初に着手したのは、徹底的なお客様ニーズの調査だった。この結果、従来のタップは、被削材(加工される金属材料)によってタップを交換する手間がかかるという課題が見えてきた。
「でもそれは、いわば用途に合わせてダンプカーと乗用車を使い分けるということ。"当たり前のこと"と考えていました」(中嶋)
しかし市場環境の変化により、多品種少量生産が当然になってきた今日、汎用性の高いタップが求められるのは自明。常識に縛られていては、未来の主力製品などできるはずがない。
「あらゆる用途に使えるタップなんて、まったくイメージできませんでした」(小出)
Chapter02
問題は、切りくずの排出性
とはいえ、まったくゼロからスタートしたわけではない。OSGには、70余年の歴史の中で1000点以上の製品を開発した技術の蓄積がある。そこで培われた要素技術の中に、解決のヒントがある。
「問題は切りくずの排出性でした」(小出)
タップは、先端の刃で金属を削りながら材料内に穿入する。その時、発生する切りくずの形が安定しないと、うまく排出できずに溝の内部で詰まってしまう。これが汎用性を阻むポイントだった。
「排出性を向上するため、我々は工具の仕様、刃先や軸、逃げ(切りくずを排出する溝)の形状などを細かく調整し、試行錯誤しながら最適値を常に求め続けてきました」(小出)
今回もアプローチは同じ。小出と中嶋が考えた図面に基づいて阿部が試作を行い、当時、新人だった木下が性能の評価試験を担当する。
「入社したばかりの僕が、こんな重要なプロジェクトに参加していいものか、最初はとても不安でした」(木下)
加工の瞬間、刃先と金属の間で何が起きているかを観察するため、彼らは試験設備の内部に高速度カメラを設置し、切りくずの挙動を確認しながら何度も試験を繰り返した。
教科書的にいえば、切りくずを安定させるには、溝を狭くして切りくずを小さくすればいい。だが排出性を上げるには溝を広げる必要がある。この背反した条件が難敵だった。試験のたびに、木下から申し訳なさそうな声で『また詰まりました』という報告が来た。
「最終的に、溝幅を任意に変える技術を開発。先端部は狭く、そこから離れるに従って広くすることで解決しました」(小出)
スタートから4カ月が過ぎた頃、プロトタイプが完成した。営業メンバーを交えたレビューは大好評。試作の域を超えた完成度の高さから誰もが「売れる」と確信した。
Chapter03
そして本当の開発が始まる
しかし翌日、営業から待ったがかかる。
「"ダントツを目指してほしい。汎用性を犠牲にせず、めねじ仕上げ面を改善したい。"背景には、加工環境の変化に起因した、めねじの"むしれ"と言う現象に苦心するユーザーの存在がありました」(中嶋)
技術部門としては、現状スペックでも十分と確信している。だから営業の要望に「それは次回の課題です」と答えることはできた。しかし未来のOSGを代表するタップだからこそ、妥協はできない。迷わず「やりましょう」と答えた。
ここからが本当の開発である。しかもスケジュールを考えると、残された時間は2週間ほどしかない。
その中で出した解決策は、今まで誰も考えなかった形状だった。
「あまりに形状が複雑で図面を起こせませんでした。アイデアベースのものを阿部に伝えました」(中嶋)
そのアイデアを聞いた阿部の率直な感想がこれだ。
「中嶋が悪魔に見えました。」
Chapter04
2週間で生産設備を開発する
社内に現存する生産設備では、実現できない複雑なものだった。アイデアを実現できなければ、絵に描いた餅に終わる。
「設備を新しく作るしかないと思いました」(阿部)
この難題に挑むバトンを受け取ったのは、第1製造部技術課の川田克人、牧野義広、彦坂卓志の3名。川田は形状を実現するための機構開発を担当した。
「とにかく手当たり次第にヒントを探しまわりました。ホームセンターでいろんな種類の工具を手にとって眺めたり、社内の古い資料を引っ張り出して検討することもありました」(川田)
通常、OSGでは、製造部の依頼を受けた技術部(工機部門)が生産設備を開発・製造する。しかし今回は一刻の猶予も許されない。川田が悩んだ末に考え出した案をもとに、同じ製造部技術課の牧野と彦坂がすぐに試作機の製作に取りかかった。
「時間との戦いでした。でも、絶対に間に合わせようと思っていました」(牧野)
部品を組み合わせて試加工を行い、不具合点を見つけて改良部品を作る。
「外部に部品を依頼する時間はありません。時間が惜しくて工場内の研修用設備や、タップの生産ラインを一時的にストップして部品を作りました」(彦坂)
設備が完成しても、作り出されたタップが求める性能を持っているかどうかを確認する必要がある。1号機で作ったタップの評価試験に立ち会った中嶋は、結果に驚いた。
「正直、最初からうまくいくとは思っていませんでした。でも製造技術スタッフの頑張りが、最高の結果を手繰り寄せました。飛び上がるほど嬉しかったことを覚えています」(中嶋)
営業メンバーに報告すると「1日も早く製品化してほしい」という返事があった。
Chapter05
心に芽生えた「思い」
こうして完成した新シリーズは、今から20年・30年後もOSGのフラッグシップ製品であってほしいという願いを込めて「Aタップ」と名付けられた。
そして2013年7月、創立75周年に合わせてAタップが発売された。OSGの製品は、開発着手から発売まで数年を要することが一般的である中、今回のプロジェクトは、これをわずか1年で成し遂げたのだ。
発売と同時に、被削材を選ばない高い汎用性、使用する設備の新旧を問わない用途の広さ、そして、最後までこだわった"めねじ仕上げ面の良さ"と言う付加価値が市場から高く評価されている。Aタップは早くもOSGの主力製品として育ちつつある。
この成功は、もちろんプロジェクトのメンバー全員が力を合わせた結果である。
これだけの製品の開発に若くして携わったことは、彼らの大きな自信になったはずだ。プロジェクトを振り返りメンバー全員が口をそろえて言う「いろんな部署との関わり、連携ができました。技術、営業や製造など、さまざまな視点から製品を見られるようになったことは、我々にとって大きな財産になりました。」
しかし、Aタップが現時点でどれだけ優れた製品であっても、市場での競争力を保ち続けるためには、常にお客様のニーズに合わせて迅速に改良し続けなくてはならない。OSGの100周年に向け、彼らの新しい挑戦は既に始まっている。